夕暮れ 母上よ 私は蝶になりたい この夕暮れをとびまわりたい 雪の夜今日も一日暮れたが 雪夜の底冷たさは ふと窓を 開けて 夏のゆめ 白き手よ かってはわが心に 夏の木蓮の夢よ あゝひとり身のさびしさ 春の花 雲に隠れた蝶々よ 冬夜 花かれ 雪きたれど 雪の夜 雪夜の底冷たさは 枇杷の実 果物の好きな病床の妻に とぎ鎌か 電光を ふり上げたように 僕は非常に興奮を覚えてきた たましいの いつわらざる 触感 僕は柔らかい処女の肉体を尊びます いつも世の中が 今夜のように暗やみなら 僕のすべての意識をぶち砕いてもいい しかしね 神様 僕は処女の発光を信じます 敦賀港にて とりのこされた石炭が砕けて全く歩道になった海岸通りである 真赤な花が道ばたに咲いているのも何だか旅らしい気持がする 湖のように重みあるこの湾の内には午後の陽が素敵にまぶしい ぽっかり浮いた第一艦隊の軍艦四隻 その周囲は蟻のような見物人の艀のむれ 波はへなへなと石灰岩の岬の方から玩具の船のように寄せてくる それでも蛇のような波止場の腹へぶつかると笑ったようにしぶきを上げる この下の渚で泳いでいる黒金魚のような漁師の子供がいる おだやかな箱庭の眺望 敦賀の海は僕にとって二度目のフィルムだ 夜更 頬杖していた掌もすっかり汗ばんでしまった 今までよんでいた本の重みある色沢もあせてしまった 眼はたたかれたように軽い疲れを覚えてきた 夜がだんだんふけてくるとすべてのものが憂鬱になってくる 本箱の上の置時計はやるせなくうそぶいているようだ いたずらに焦燥する心を押さえて昔の歌などをうたってみる かたわれの恋 僕の運命のにおいを眼と耳で臭ぐ もう再び僕が立てなくなったら青と赤と黄で体をぬりつぶそう 午後 麦花におう田舎道から 畑を越えて 畑を越えて 歩調を揃えた兵隊がとおる 垣根の田んぽぽのような あのうしろの人が大隊長だ 明るい空気がすき通って 気持ちいい青空だ 子供等は葉笛を高く吹き鳴らす 「兵隊さん 菜種の花が散っているので 寂しかろう」 秋晴 からっとして空気まで透き通った まぶしい秋晴のあおぞら 飛行機が細長い尾を引いて廻っているのが小さく見えて 実に荘厳です 限りない人生の大海原のようです。 (しかしこの間二台の飛行機がぶつかって 熟柿のように落ちてから時々秋の厳格がいやに寂しく私を襲います) いい秋晴ですね もうこの頃は日向が好きになってしまいました あなたの瞳にきれいな青空が見えます あなたの燃えさかる青春がやさしい口唇の下からのぞいています 遠い遠い青空の涯をみつめていますね あなたの美や 健康が安らかに高鳴っていますね 私は理屈屋で 矮小男で 醜い詩人です 私は世間からとっくに忘れられた夢想家です・・・・ そうだ 青草にすだく秋の昆虫類を踏み殺して ここへ座ろうじゃありませんか いつもはまるで乞食のようで望みのない愛を感じていますが 私はこの秋晴にもう戦勝したような気がします 私は贅沢を尽くしている百萬長者の息子のようです おゝ十月よ あなたの瞳は秋晴れのあおぞらのようにすんでいます (秋空の幻覚よ 私を苦しめないでくれ 殺風な夜景 まだ 捨てないのか どうした 女よ 唐辛子のようにそんなにてれなくともいい 僕はこの場末に立ってあたりを見張っている そこでお前の機敏がお前の運命を支配する 今のうちそっと溝の中へでも捨てておしまい 何をぐずぐずしているんだ 気が弱いね 早くどうにかしないと いらない人がくるし 又この真黒で殺風な夜景が お前のふところへとびこんだら最後 乳のあたりへ噛みついて心臓を滅茶苦茶にしてしまうぜ さあ早く二人でこの夜景をのがれよう 秋晴 からっとして空気まで透き通った まぶしい秋晴のあおぞら 飛行機が細長い尾を引いて廻っているのが小さく見えて 実に荘厳です 限りない人生の大海原のようです。 (しかしこの間二台の飛行機がぶつかって 熟柿のように落ちてから時々秋の厳格がいやに寂しく私を襲います) いい秋晴ですね もうこの頃は日向が好きになってしまいました あなたの瞳にきれいな青空が見えます あなたの燃えさかる青春がやさしい口唇の下からのぞいています 遠い遠い青空の涯をみつめていますね あなたの美や 健康が安らかに高鳴っていますね 私は理屈屋で 矮小男で 醜い詩人です 私は世間からとっくに忘れられた夢想家です・・・・ そうだ 青草にすだく秋の昆虫類を踏み殺して ここへ座ろうじゃありませんか いつもはまるで乞食のようで望みのない愛を感じていますが 私はこの秋晴にもう戦勝したような気がします 私は贅沢を尽くしている百萬長者の息子のようです おゝ十月よ あなたの瞳は秋晴れのあおぞらのようにすんでいます (秋空の幻覚よ 私を苦しめないでくれ) 僕と菜園の哀愁 土をなめて 土を抱きしめる 病弱で 見る影もない 蒼白い 僕はさみしい一人の百姓だ 茄子は地面から浮き上がったように 暗く重たく いそいそと 肥満する 悲哀なる動物の姿だ どす青く ちりめんづらの南京が 小奇麗な奥様の食欲を増したり または 蠅のようなか細い両手を誘惑する 泥を堅く踏みしめ 築城の土〇のように 丹精をこめてのび上がった唐辛子は まるで青空をとかしこんだ生物そのままだ 甘藍の青虫は巨大な体躯の動脈を動かし 喰い尽した葉っぱの筋を静かに伝わって 痩せこけた軽い菜園の夕暮にかくれる あゝ さて 午後 麦花におう田舎道から 畑を越えて 畑を越えて 歩調を揃えた兵隊がとおる 垣根の田んぽぽのような あのうしろの人が大隊長だ 明るい空気がすき通って 気持ちいい青空だ 子供等は葉笛を高く吹き鳴らす 「兵隊さん 菜種の花が散っているので 寂しかろう 冬の指 火鉢にかざし 冬の日 雪の子供ら 雀の子供ら 空はまんまる 雪晴れの空 元気で歌おう 元気で跳ねよう アンテナの柱が 今日も郊外の陽だまりに座って 私 去年も今年も 遠き空を見る 母に叱られて 今更 不甲斐なき のうぜんかづらよ 去年はもゆるような花をつけた のうぜんかづらの木であるのに 今年はまだなんだ あんなさみしい花を少しつけて それで今年は終ろうと言うのか のうぜんかづらよ 一体どうしたと言うのだ 僕は長らく病気でねているが そんなことには気づかいなく もっと もっと 庭いっぽいにもえあがってくれ 運命 金を積んで 病が治るならば 苦面して積み上げてみると 昨日も母が泣いた 病んでいると 朝から 木蓮が香っている 母上よ 菜種の花 砂煙をあげて 野道を歩いていると とぼとぼ 赤蟹 煙草をくゆらし ひとり静かに火鉢をかこみ 十一月終りのうすら冷たい夕暮の部屋で 越前みさきの荒波の下でとれる赤蟹を思い浮かべ いつも粗悪で軽い下宿屋の食事をまっているのだ あゝ 食欲よ ふるさとの夕餉は実においしくって 大根葉の生き生きとしたみどりと 父の形見の手ざわりよい僕の茶碗に母が盛り上げた新米のかおり そしてぶっつりと太った赤蟹の一皿 そうだちょうど今頃は妹や弟ははしゃいだ明るい食卓をかこみ 僕にも赤蟹を食べさせたいと言い合っているだろう 秋の来る日 どこへゆくのか 今日も流れる 白雲のかずかず わびしく草をしいて あゝ秋がくるのか 何を書いても飯が食えない と 一昨年 親父に叱られた なるほど うなづかれる しかし おれだって人間だ おれは すてきな 針をもっている 今に見ろ でかい 魚を釣ってみせるから 車中 汽車は重たい車輪を引きずってゆく 古代蒔絵の人物のような人達をのせている 二度も三度もぬりかえられたニス病免疫の老いた箱だ 快活でなく健康でない病的でさみしい空気だ 恋人もなく暗夜もない悲しい天井だ 西瓜のような蝉翅のような夏らしい窓だ まなつの太陽は不消化な田圃の稲葉をゆすりうごかす まぎれこむむし暑い風 私はこれでもうすっかり中毒しそうだ 庭園 まなつまひるのうら寂しい庭園で僕は黙ったまんま草を抜く びっしょり一面に細かい雑草が生えているので手の入れようがない 心は懸命に働いているが先日より痒痛を覚えている右腰に 時々折れるような感じが波よせてくる いろいろの木で形作られこんもり茂っているこの庭園は 葉から葉へすべり落ちた薄暗い太陽の光線でみちている 隅っこの雪見燈籠の上の蛙の眼は僕のにぶい指先をみつめている 庭園での呼物であるもみぢ葉の青味ある一すじの光線は 僕の前の雑草のかいわれ葉に流れてきて小砂利に喰っ ついている蘚苔類の胞子嚢をも微かにゆるがしている じっと落ちついているとこの庭園は深海底面のようだ 耳にこびりついてくる油蝉の声は魚のように上と下と横とに遊泳している どこにもう一つの世界があるか この地面を掘り下げてみたい気もする 夏虫も鳴かず光りもなかったならば僕は自殺しているかも知れない 或る時 月が出ているが 孤独で自暴な汽車のデッキでは何にも語られないね あなたの白足袋は馬鹿に汚れているね 今年の春のような快活 こぼれるような微笑をどうしたんです 肩上げをとったんだね だが処女の誇りを感ずるでしょう つるつると辷るような胸の曲線 セルの単衣にあなたの娘時代を包んでいるのですか 人なつこくあなたの赤い帯やパラソルが僕を眺めています 白蛇のように あなたは急に大人じみましたね 重たい因襲道徳や薄暗い貞操観念が心臓の中枢をねらうのですか 変にゆがんでしまった人生よ へらへらと燃え上がれ 歓喜よ 萩の花 妻の名前は 萩子といった だから 今年の萩よ 白萩の花よ たいへんお前が なつかしく見えてならない 冬の指 火鉢にかざし 並べかえては眺めている 病に痩せた私の指 指 黒く堅く 働き疲れた母上の指 指を 思い合わせば あゝもったいなし 勿体なし 女の写真へ寄するの詩 女よ 夜の證明も暗く 数限りない幻想に酔いながら いまごろは裏藪にひびく海鳴りの音を聞いているだろうね 昨日も今日も 透明な野山の景色にあきた僕は お前の瞳をみつめていると しみじみ秋の深きを感ずる 山百合 病を背負い 寝たきりの妻 痩せゆく頬は ひかりもうすれ ただかすかに息づくのみ こんなに疲れない前に 「カンナはこんなに赤いの・・・・・」 カンナは今年初めて植えた花だが いつまでも私の胸に植え込んでいて 似顔を描く 病んでいると エンドウの花 全体がやわらかいきみどり 病める身なればこそ 雪晴 三年このかた 私は 病んでいると 花かれ 雪きたれど その面影を少しも知らず 苦しい病も治らなければ 母の住家に参りたいと思います |