黄水仙の見た夢

林清子著「黄水仙の見た夢」から
 
 ・ 指きりはね切り 死んでもかまはん
親は極楽 子は地獄 「演仙寺物語」
 ・ 公園は学校の裏にあった。公園といっても、小高い山を開拓し、平地にしているだけで、ベンチ一つあるではなし、なんの変哲もなかった。ただそこには、正面に忠魂碑、上り口に身の丈二メートル余りの優美な観音像が祀られてあった。この観音像は、この町の出身者が、町の繁栄と町民の幸福を祈願するために、寄贈したとのことである。
その庵主さんも、平成十年三月二十九日に九七歳にて死去された。
藤一は日本人として、初めてソ連の戦闘機を撃墜したのだ。この戦功により、彼には金鵄勲章が授与された。

ここに出てくる藤一は、ぼくの友人の叔父さん。結局空中戦で亡くなってしまった藤一を庵主さんはひそかに恋焦がれていた。いつだったか彼の写真を見たことがあるが、眉目秀麗の青年。
そのことを友人に言うと「確かに美形だった。若い頃のまきちゃんに負けないくらいだった」という答えが返ってきた。