山本兼一著「利休にたずねよ」から
・・山上宗二に秀吉が問う。
「おまえが茶の湯者というなら、身ひとつでここにまいっても、なにか道具を持って来たであろうな」
「むろんにございます」
宗二は懐から、仕覆を取り出してひろげた。なかは、端の反った井戸茶碗である。すこし赤みがかかった黄土色が、侘びていながら艶やかな印象をかもしている。
秀吉が、その茶碗を手に取って眺めた。黙って見つめている。
やがて、薄いくちびるを開いた。
「つまらぬ茶碗じゃな」
乱暴に置いたので、茶碗が畳を転がった。
「なにをなさいます」
宗二はあわてて手をのばし、茶碗をつかんだ。
「さような下卑た茶碗、わしは好かぬ。そうだ。割ってから金で接がせよう。おもしろい茶碗になるぞ」
「くだらん」
宗二が吐きすてるようにいった。
「こらッ」
利休は大声で宗二を叱った。
「こともあろうに、関白殿下に向かって、なんというご無礼。さがれ、とっととさがれ」
立ち上がった利休が、宗二の襟首をつかんだ。そのまま茶道口に引きずった。
「待て」
冷やかにひびいたのは、秀吉の声だ。
「下がることは相成らん。庭に引きずり出せ。おい、こいつを庭に連れ出して、耳と鼻を削げ」
秀吉の大声が響きわたると、たちまち武者たちがあらわれて、宗二を庭に引きずり降ろした。
「お許しください。お許しください。どうか、お許しください」
平伏したのは、利休であった。
「お師匠さま。いかに天下人といえど、わが茶の好みを愚弄されて、謝る必要はありますまい。この宗二、そこまで人に阿らぬ。やるならやれ。みごとに散って見せよう」
立ち上がると、すぐに取り押さえられた。秀吉の命令そのままに、耳を削がれ、鼻を削がれた。血にまみれた宗二は、呻きもせず、秀吉をにらみつけていた。痛みなど感じなかった。怒りと口惜しさがないまぜになって滾っている。
「お許しください。憐れな命ひとつ、お慈悲にてお許しください」
利休が、地に頭をすりつけて秀吉に懇願した。
宗二は意地でも謝るつもりはない。秀吉としばらくにらみ合った。
「首を刎ねよ」
秀吉がつぶやくと、宗二の頭上で白刃がひるがえった。・・ |